プロフィール

1978年1月4日神奈川県生まれ(39歳)

血液型:AB型
趣味:ラグビー、旅行
好物:横浜家系ラーメン松壱家戸塚店
好きな言葉:臥薪嘗胆
尊敬する政治家:山本孝史元議員
映画:ショーシャンクの空に

 

月刊WEDGE誌「にっぽんの100人の青年」に選出

 

 

吉岡けんじの年表

幼少時代

昭和53年1月4日神奈川県に生まれました。

もともとはクリスマスに誕生する予定でしたが、

予定がずれ込み1月4日に誕生。

慶大ラグビー部OBの父は出産よりラグビー観戦を優先させたとか

父が日立製作所に勤務し、戸塚の社宅で過ごしました。



小・中学校時代

地元のラグビークラブに入り(入れられ)、

何が面白いのかよくわからず楕円球を追いかけていました。

ところが夢は「プロ野球選手」でした。大洋(現横浜)のカルロス・ポンセがあこがれの存在でした。

成績は可もなく不可もなく…。



高校時代

素晴らしいラグビーの仲間と出会う 。 同期とは本当に仲良く、

39歳になった今でも週に1回は会っています。

つらいときに支えあう本当に「親友」と言える存在です。



大学時代

青山学院大学経営学部入学・卒業

ラグビー部に所属し、早稲田・慶應・明治といった強豪校との対戦を通じ、トップレベルのラグビーを経験・4年次には副将を任されました。

このころ、社会の矛盾と将来への不安を感じるようになり、政治に関心を持ち始めました。 



民放報道記者

フジテレビ系列の地方局である新潟総合テレビに入社。

就職難の時代で競争率は2500倍でした。運よく内定をもらい、ジャーナリズム人生の第一歩を踏み出すことができました。

新潟県警担当をはじめ、夜討ち朝駆けの日々です。

県警クラブキャップを経て、政治取材を担当。

東電柏崎刈羽原発のプルサーマル計画是非をめぐる住民投票、日韓ワールドカップ、田中眞紀子元外相秘書給与流用疑惑などの取材を行いました。

その中でも特に印象に残っているのは「拉致被害者帰国」です。

世界中のメディアが新潟に集まり、そのスケールの大きさに興奮したことを覚えています。英国に留学するきっかけにもなりました。 



英国留学時代

あこがれの地、オックスフォードにて語学留学を経て、

イギリスのトップ10に入る伝統校である英国国立ラフバラ大学(国際政治学)になんとか合格しました。

政治の母国イギリスにて、英語と苦闘しながら修士号を取得。

図書館、家、教室にいた記憶しかないほど、勉強しました。

国際政治学の世界的権威であるマイケル・スミス教授に薫陶を受け、同世代の学生が政治を熱く議論する姿に刺激を受けました。

修士論文は「イスラム教国・トルコがEU加盟すると域内はどうなるか」

国際社会において日本のプレゼンスをいかに高めるかについても研究しました。

写真はブリュッセルのEU本部でインターンシップをしていた時のものです。



投資ファンド運用会社時代

当時東証1部上場のクリード(オランダや中東の年金基金等の運用受託会社 )勤務。

イギリス留学時代に同社社長の宗吉敏彦さんに出会い、民放キー局や大手外資系証券、コンサルティングファームにも内定をもらっていましたが、宗吉さんの人柄にほれ込みこの会社に就職することに決めました。

契約交渉、経済分析、プロジェクトマネジメント、コンプライアンス、情報セキュリティー等の高度なビジネススキルを習得しました。

留学で習得した英語が外国人投資家との打ち合わせに重宝しました。

最近はあまり使っていないのであまり自信がありません。



家賃5万以下ドットコム発案

学生や若者のニーズがあると思い、東京23区内の家賃5万円以下物件だけを集めた不動産賃貸情報サイトを立ち上げました。当時は「革新的なビジネスモデル」ということで、多くのメディアに登場しました。ビジネスとしては予想以上の大きな成功を収めたものの、ワーキングプアなど現代社会が抱える問題点にも直面し、このままではいけないと思いが強くなりました。



現在

個人や法人を対象にした国内外における資産運用のアドバイザリー業務を行う会社に勤めています。会社はアメリカ、イギリス、シンガポール等、世界8カ国14か所に拠点展開して、私自身も1年に6~7回は海外に出張しております。ここ数年は、世界の中で日本の存在感がどんどん低下していることを肌で感じ、問題意識を持ちました。